正しいとは何か

まーたしばらく開いてしまった。

ちょっと家のことでトラブル等々あり、ちょっとモヤモヤ。

 

あ、最近映画いったので感想を先に。

見に行ったのは「運び屋」。

クリント・イーストウッド監督主演作品。この人、御年90ですごいなー。

ざっくり纏めると、事業成功したものの家族を失い、そのあと事業も失敗しさらにお金まで失った老人の話。

アメリカの暗い部分がまるごと詰まっており、正直最高でしかなかった。

これは批判でなく、老人にしか産み出せないと思うんだよなあ。古くさいけど、決してダサくはないのでぜひ噛み締めて味わいたい。

 

この作品のなかで「正しい行い」「正しくない行い」がいくつも出てくる。それぞれ【正義】と【非正義】(悪と書くとまた意味が違うような気がするので敢えてこの文字列を使う)の側面がある。

老人が皆に(能動的に)行う行為はそれを受けとる人間にとってすべて正義だった。私はそう思った。

ただ、違う場所に立つ人間から見ると、それは正義ではないとはっきり描かれる。これが本当にすごい。

もちろん劇場の観覧者から見ると一部の行いは正義ではない(正義であってはいけない)。

それをはっきり示すシーンがいくつもばらまかれていた。

しかし、ある側面の人にとっては、老人を誉め、また彼を信頼を置くに足りる正義だ、と描写する辺りは最高の一言しかない。貧弱なボキャブラリーを恨みたくなる程度にはすごいので、みんな見て感想を書いて欲しいマジで。

 

というわけでちょっと愚痴がてら別のことを少し書いていく。

最近「発達障害の診断を受けた」と身内に打ち明ける機会があった。

「障害を言い訳にしてる」「ちゃんと普通なのに」と皆に同じようなことを言われた。

確かに、高校では皆受験に苦しむのを横目にさっさとAOで通ってるし。大学ではさらっと留年せずに内定もとって卒業したし。そりゃそうか。

とはいえ、楽してとか、怠けてこうなった訳ではない。

高校時代は二年の頃から志望大学が決まっていたし、そのために二年の時も三年の時も大学から資料取り寄せて、徹底的に調べて親を説得した。親どころか親戚中に反対されたけど押し通した。あれから10年近くなるが、未だにチクチク蒸し返される。

大学でも単位を一年目で落としてから、落とさないようにしたし、生活費皆仕送りの中バイトで賄った。貧乏のはてに1日150円で過ごしたことや一週間買いだめしていた野菜ジュースだけで乗り切ったこともある。

就活も30社以上は落とされているし、そもそも今の会社は好きだが、やりたい仕事では決してない。

人の顔も、何年も付き合わないと覚えられないし、カレンダーが読めず誕生日やイベントも覚えていないからスルーしてしまう。

文字もひらがなとカタカナと、自分の名前くらいしかちゃんと書けない。だからなんと言われようと人前でメモをとらなくなったし、早い段階でパコソンで文字を打つことを覚えた。

普通の人間ならしない苦労もたくさんした。

わかって欲しいとは思っていなかったが、答えが予想外でかなり落ち込んでしまった。

自分はおかしいと思っていたし、親にも聞いたらそもそもわたしが小さい頃からそう思っていたらしい。

だからこそちゃんと「普通じゃない」のカードをやっともらえて安心しすぎたのだと思う。

「普通ではない」を自覚しすぎて「普通」に振る舞うことに慣れすぎた。

しかし日常生活と「普通」に振る舞うことは両立できないので、やはりわたしは普通では無さそうだ。